音ゲー再開の波(地力備忘録)
地力全盛期の2016年頃と比較
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本家(AC、INFINITAS)
☆12参考表で全盛期のランプは確認できるので、現在リハビリしながらついたランプと比較。
まずハード
当時出来ていた最高レベルが地力A+
Ancient Scapes†とかVerflucht体験版とか出来てるの偉いと思う。というか未難70とかだったのが230になってて泣いてる。無理無理。
リハビリはご時世柄あまりゲーセンに行かないので家でINFがメイン。
Verfluchtはやってるけどハードなんかできる気がしないなぁという感じ。めちゃくちゃ練習になる譜面だからがんばりたい。
復帰後ついたハードランプで一番強いのがACだとBlue Rain†で、INFだとquellやMENDES(完全に試行回数の暴力)。ハード目標が天空とDevil's Gear、天空は当時も苦労したので覚悟してたけどDevil's Gearは割と2回目のプレイでハードついた記憶がある分全然つかない現在がなかなか辛い。
次にイージー(ノマゲ難易度表に切り替えてます)
イージー最高レベルはコンフィだったけど、実はこの前INFでクリアすることができたので地力上限は追いついてきているのかも。目標はIXで、INFで結構選曲してるけど当たり外れ激しめなのでなかなか難しい。コンフィもIXも好きな曲だから楽しく練習できてるのでそのへんのストレスがないのがでかい。昔クリアできなかった曲を早くクリアしたい。
ランプ状況の保存してなかったけど結構覚えてるので記憶から掘り出す感じで。
当時は発狂難易度表しか無かったのでまずはそのカテゴリから。
全盛期ハード最高値は★10Aliceblue。あとは★8ZENITHALIZEとかが割と強めかな~という印象。
復帰するにあたっての最初の目標は★6Airのハード。理由はなんとなく発狂難易度表のAA感があると個人的に思ってるから。結果としてはハードするまで1ヶ月かかり、毎日練習してたわけじゃないとはいえ結構かかったなぁという印象。やっぱりAirは難しいよ・・・
ZENITHALIZEは密度に全然追いつけなくてハード付く気配がないので当面はこれを含めた★8を目標にしてる。
イージー最高値は★11天叢雲剣だった記憶。今現在天叢雲剣はイージー出来てないのでディレイ譜面が苦手だと思われる。塊として認識しちゃって個別の認識が出来てない。
過去の自分に負けてるだけではなくて、実はこの前★11ヒメタイプという、全盛期でもランプつかなかった曲をイージーできたのでこれからの練習次第で伸びる要素が見えて嬉しかった。あのラストの密度に食らいつけるなら結構いけるのでは・・・?今は★11Trinityをめちゃくちゃクリアしたいけど難しすぎて指がもげてるところ。
変わってsatellite難易度表
ハードはsl5図書館のエルザが最高値。全曲回せってよく言われるし実際練習になるんだろうけど個人的には苦手な練習方法なのでこんな有様。
Sl0は本家☆11~12下位という感じでリハビリに適していたので結構回したし今でもウォーミングアップでスコア狙いで選曲する。
sl5の空想都市トーキョーめっちゃいい曲じゃないですか?ハードしたいけど難しいねんな・・・
とりあえず復帰してからの2~3ヶ月分の記録はここでまとめておいて、これからの進捗は(モチベがあれば)ここに記録として投稿していこうかなと思う。
まだまだ青鍵盤叩いてるときとか指が浮いてる感じがあって安定してなかったりするし明らかに過去と比べると下手だなって思わされるタイミングが多々あってキツイ時もあるけど、当時できなかったランプもあったりして地力上げのモチベ自体はあるのでがんばりたい。
音ゲー再開の波(準備編)
2016年beatmaniaⅡDXという音ゲーを止めた。きっぱり止めたわけじゃなくてフェードアウトって感じ。2011年から音ゲーに触れてから大学で音ゲーサークルを作ったり積極的にTwitterのフォロワーとオフ会したりして知り合っていった友人たちが大学を卒業後徐々に音ゲーから離れていったから。やっぱり切磋琢磨するライバルがいないと継続はなかなか難しい。やれ「七段先にうかった」だのやれ「あの曲をハードした」だの煽りとも取れるようなコミュニケーションをしながら煽りを喰らわないように地力上げに勤しんだ時代が懐かしい。
それからは本当にたしなみ程度に、友達との待ち合わせ時間の調整だったり旅行先で1クレだけ行脚プレイしたりとか、そんな程度。☆12なんて触れやしないし☆11の強い曲でも手がもげそうになるくらい。
でも今年に入ってからフェニックスワンっていうDAOコンの最新版を購入してインフィニタスもやってるしBMSもやってるし、たまにACも触るようになった。
きっかけとしては、コロナの影響で自分だけの時間が多くなったからなのか過去にTwitterで音ゲー関連のリプを飛ばし合ってた友達の数人がまたbeatmaniaを始めているのを見つけたこと。
もともとyoutubeでDolce.や他のランカー達の動画を見ては音ゲーに思いを馳せて、それでも周りにやってる人がいない環境を思い出して諦めることが多々あったので、各々が貼っているリザルト画像を見ればやりたくなってしまうの決まっていたのだ。
過去にPEE2を所持していたことがあったのでフェニックスワンにたどり着くのは本当にすぐで、勢いでポチってしまった。「しまった」という割にはその後すぐ三和電子の楽天市場でスイッチとバネ一式を購入するノリノリムーブ。
コントローラーが届くまでの準備として先ずはBMS本体、beatorajaの導入をした。
前回やっていた頃はLR2だったのでbeatorajaのフルHDだったり120FPS以上への対応だったりと、機能の進化が凄まじくて感動した。自分はFPSゲームなどPCゲームをやっているため使っているモニターが144Hz対応だったので初めてノーツを流した時のヌルヌル感には本当に驚いた。
次に難易度表、これも発狂難易度表だけではなくsatellite難易度表というものが出来ていて前者よりもクセが少なめの譜面傾向(地力上げに良い)で、コントローラーが届いてからプレイした感触としては発狂難易度表よりも気軽にレベルアップができる気がした。
そんな感じでコントローラーが届いてからはインフィニタスに課金し、BMSと平行してやっている。
過去とリハビリ現在の地力比較について次回に持ち越し。
ネトゲの話
2015年頃からやってるオンラインゲームがある。『ファイナルファンタジー14』だ。
当時ハマっていた音ゲーとTwitterを通じて知り合った大学の先輩から誘われて、ちょうどアルバイトで貯めたお金でPS4を買おうと思っていたのでお誘いに乗ることに。
過去記事でも触れているが、その頃はノートパソコンでも動く2Dのネトゲをほぼソロ専でやっていたが、過疎に次ぐ過疎によって何か他のゲームないかなと探していた所だったので暇つぶしにはちょうど良かった。
美麗なグラフィックをウリにした3Dゲーは『TERA』以来だったので楽しみにしながらプレイ環境を構築していったのを覚えてる。
でも、いざ始めようと思ってキャラクリに着手した自分に立ち塞がる壁があった。名前。
FF14では苗字と名前に分かれている。TwitterのHNを砕けた字面に変えて印象を柔らかくしたものを前のネトゲでも使用していたが、FF14では苗字を考えないといけなくなってしまって1時間くらい悩んだ気がする。
結局、当時やってた3DSのとあるゲームキャラから拝借した(オタク)。
ネトゲではコミュニティ形成が重要なことは周知の事実なので自分もまず公式に実装されているシステムを活用しようと思い、公式サイトの日記機能をスクリーンショットを貼りながらプレイ初日から書き始めた。そしたら初日から鯖スレに晒された(ネトゲをやるならまず鯖スレからというのも周知の事実。書き込まないけどね)
なんか誰かのネカマサブキャラだと思われたらしい。
当時はパッチ2.5が実装された頃だったが初心者の自分には関係なく、先の先輩とダンジョンを周ったりしてレベリングしつつFCというギルド的なものにも所属するようになった。
人数が多いとこを狙って入ったのでそこそこ賑やかで、フレンドも増えたし自分のゲームシステムへの理解も深まった。
基本的にはライト勢の集まりだったFCだったけど、2,3人ほどハードコア勢もいたのでその人たちやその知り合いなどから手ほどきを受けた。
ここら辺が2.x終わり頃
拡張パックで3.xに入る頃にはPCを買ってプレイ環境もガラリと変え火力に対する意識もかなり強くなっていたし、先行プレイヤーだった他の人とようやく同じスタートラインに立てたというのもあってやる気に満ち溢れていた。
レベルキャップが開放されたのでレベリングを頑張ったりしてるとそんなこんなで拡張パック初めての高難易度レイドが実装された。アレキサンダー起動編である。
FF14のPTは8人まで組めて、高難易度コンテンツは勿論8人用、初見でクリアできるものでもないので練習が必要、ということで8人揃えて固定というものをつくる。
メンバー間で日程調整して1日1時間や2時間、ガチ勢ならそれ以上の時間を練習に費やす部活みたいなもの。
当時の自分はFCで特に仲良かったメンバー6人とFC外の知り合い1人と野良募集の1人で拡張パックが始まる前に固定を組んでいたので、意気揚々とコンテンツに挑みに行った。
入場するとボスの前に門番みたいな中ボスモブがいたのだが、こいつを早く倒さないと時間が経つにつれて敵の攻撃が防げないくらい強くなるという所謂DPSチェック的な役割だった。
たかが前座の門番と侮っていた世界中のライトプレイヤーはここで足切りをくらっていたし、自分の固定も詰まった。
FF14をPCでやるとほぼ黒のグレーゾーンのツールによってDPS(火力の指標となる数字)が分かるので直ぐにPTの足を引っ張る人が誰なのかが分かった。FC外の知り合いの人だった。
最初はみんなでスキル回しをあーでもないこーでもないと頭を悩ませていたが、当の本人はそのジョブでの基本的な立ち回りも把握しておらず、次第に固定内でも擁護する人はいなくなりクビという形になった。それ以降その人がログインしてるのを見かけたのは数回だけ。
ギスギスオンラインの始まりである。
まぁそこから起動編3層で固定が崩壊してメンバー全員離散したり、サーバー間PT募集もなかった時代なのでもはや見知った顔しかいない野良募集で練習に混ざったり、4層で3ヶ月くらい攻略時間を取られたり、起動編はとにかく大変だった。ギスギスオンラインの洗礼を浴びまくった。
この頃から自分のDPSを詰める作業に凝り出してサーバー内でもそれなりに知られるようになった。むしろDPSランキング(非公式)を利用して、引退者が続出してすっかり寂しくなった自分のいるサーバーの名前を、他のサーバーのヤツらに見せつけてやろうとさえ思って頑張ってた。その頃はFFlogsも公開されたばかりで人もいなかったので有志が作ったGoogleスプレッドシートを利用したランキングを利用した。(https://docs.google.com/spreadsheets/d/1t12V9LCXPigMf7yA0l9gndMW7o85PKvWUuU5cwsLaoo/pubhtml)←発掘した
その後に実装された律動編は起動編後期に拾ってもらった固定でそのまま挑戦することになったがメンバーのひとりが仕事で忙しくなるということで、入れ替わりで入ってきた人が壊滅的にギミックが出来ずに3層クリアしたところで固定解散。2日間の旅行から帰ってきたらメンバーが抜けてて笑った。
4層はそのままクリア出来ずに、サーバーも過疎過疎だったので攻略は諦めた。
起動編と律動編を経験して見事に心を折られたかと思いきや、自分で固定を作る決心をした自分は真性のマゾだったかも知れない。
自分で固定を作るにあたって人事権はもちろん自分なので、実力のボーダーは設定しつつも人柄採用で決めた。
そのおかげで3つ目のレイドの天動編はたのしくやれた。クリアも早かった。
固定作るためのパイプ作りも兼ねてこの辺でフレンドを増やした気がする。基本、ネトゲは自分の利益優先で動くのがモットー。
固定のリーダーをやってて大変だったのはもちろんギスギスさせないこと。人柄採用だったのと天動編自体が簡単なのもあってその辺は大丈夫だった。
あとは練習日程と進捗の管理。この2つはつい最近のレイドまでずっとハラハラしながらやってた。特に最初はノウハウなんてなかったので色んなことを試しつつって感じだったけどそれも天動編が簡単だったためクリア出来てしまった。
天動編様々。
ここまで3.x
4.xも固定リーダーを続けながらレイド攻略頑張ってた。デルタ編と絶バハ、シグマ編は天動編からの固定で、絶バハで少し限界が見えたので絶アルテマとアルファ編は固定改変して主要メンバー以外一新。
ここから反省なんだけどシグマ編が終わったあたりで絶じゃない普通のレイド攻略に飽きがきてしまっていた。なぜかと言うとさっき出てきた天動編から難易度が簡単になってしまったからだ。
自分が固定を作ったのは何故?自分が納得できる環境で当時の起動編や律動編レベルのものを悔いなくやるため。
その点については苦労はしたものの絶バハで達成されてしまったのだ。
なのにダラダラと続けてしまった。多分自分のやる気のなさは周りに漏れてただろうし誰かに固定リーダーを投げてしまうか解散すれば良かったなぁと思ってる。
5.0は別の事情でレイドに参加出来なさそうなのでリーダーを投げることになったが、いい機会だと思う。人をまとめるのは元々そんなに向いている人間でもないし、ピクミンしてついて行った方が気楽だ。
でも、リアルだと人をまとめたりだとか進捗管理とかそういうことをする機会なんてあんまりないからとてもいい経験になった。
あ、そうそう、ネトゲと言えばオフ会も沢山やった。オフパコとかそういう話ではなくて、普通に飲み会。
20台前半から40台まで、社会的な立場も色々な人と出会って沢山おしゃべりする機会に恵まれた。
前の記事の鬱で変わったことに書き忘れたけど、人と接したい(人情に触れたい)と思うようになっていた自分にはとてもいいことだったし、仲良くなった人とは今後も付き合っていきたいと心から思ってる。
長い
非定型うつになってから変わったこと
4,5年前の自分、ブログ更新割と頑張ってたなぁと思って過去記事を眺めてた。
表題にある通り、2012年頃から非定型うつ病になって今も波が来ると怪しくなる。
原因というか発現したきっかけは2011年に大学に入って一人暮らしを始めた事、同年にこのブログでも言及してる兄弟同然のように生まれた頃から一緒に過ごした猫が亡くなった事。
慣れない東京の生活で塞ぎ込んで行った当時の状況を親を含めて誰にも相談出来なかった。
家族の中で学歴でいえば1番いい所に決まって、口には出さずともかなり大きい期待(プレッシャー)を自分に抱いていたのは分かっていたので助けを乞うことが出来ずにズルズルと病んで言ってしまった結果だった。
大学には穴を開けつつもなんとか通い、家に帰ると1人で静かに過ごす生活に耐えきれなくなり次第に大学にも行けなくなってしまった。
1週間風呂に入る気力も湧かずに、食欲を満たす時とトイレに行く時以外をベッドで過ごすこともあったし、味覚が無くなって塩胡椒を振りまくったインスタントラーメンを食べていた。
当然大学に行かなければ成績は付かないので、ある日そのことに気づいた親から鬼のように電話がかかってきていたが、その時もずっと寝ていたので気づかなかった。
翌朝気がついて折り返し電話をかけると一言目が「良かった、生きてた」で、今からそっち向かうから、今タクシー乗ってるから、と言われ「あぁ、バレちゃったか」と心底情けない感想を抱いたのを覚えている。
そこから親が来るまでの時間必死に掃除をしたが、荒れ果てた部屋が数時間でキレイになるはずもなく、悲惨な状況をそのまま親に目撃されることになった。
その場で当面の生活費を渡され、1ヶ月以内に部屋を綺麗にして実家に戻れとの話を受けてただただ従って地元に戻った。
地元に戻ったあと心理カウンセラーに相談に行くことになって非定型うつと判明した。
非定型うつに関しては検索してください。
判明した後は大学に復帰したりまた地元に戻ったり、このブログを開設した2014年は地元に帰ってアルバイトしてた頃。
今は割かし上手く付き合っていけるようになった。それでも波が来たら1日死んでる。
それで表題に戻るんだけど、それ以前と比べて何が変わったか、何を変えたかを少し書いておこうと思う。
・電話が怖い
あの時の親からの鬼電だったり、(滞納した自分が悪いけど)公共料金の催促電話だったり、色々あってとにかく電話が怖くなった。
今でも美容院とか食事の予約の電話をする時は緊張するし、着信が来たら心臓がドキドキする。
・1日に処理できるタスクが減った
並行処理が出来なくなったというか、書類を書いてポストに投函する作業を書類を書く作業とポストに投函する作業に分けて、1日でひとつずつしか出来ない時期があった。
今はもうちょっといけるいける。
・自分の感情を出す
非定型うつの人によくあるのが幼い頃良い子で育って抑圧されてたり、人に優しかったりする人。人に優しいを自分で言うのもあれだけどまさにど真ん中を突っ切っていった自分、嫌なことは嫌って言うように努力はしている。所詮努力だけどやらなかった頃よりはマシにはなってる。
逆にやりたいことはやろう。
・外に出る時間をつくる
よくあるけど太陽の光ってやっぱ重要なんだなって思った。散歩でもいいしサイクリングでもいい。自分はサイクリング派で、クロスバイクでちょっとした距離でも外に出たりするようにした。もちろん何もやる気が起きない日は寝てる。
・自分の自分に対するハードルを下げる
いい子で育って来た人は完璧主義が多い。少しでもミスすると辛くなる、実際辛いしずっと引きずってはふとした瞬間に思い出してまた辛くなる。
難しいことだし自分もいつも出来てるわけじゃないけどある意味開き直ることも大切な気がする。
ミスは学び、次から気をつける。
そんな重要な事書いてないけどちっちゃなことから変えていくのが大事だなって。
自分が自分らしく生きれるように、今までの人生で頑張って固めてきた「理想の自分のイメージ」を壊すことが1番いい事なんだろうなぁ。
はじまりのうた Begin Again
映画を観るのが結構好き(と言ってもにわかだけれど)なので観た映画で印象に残ったものを書いていく備忘録。
個人的には、「アクションばりばりで大音量で迫力がすごい!」という映画よりもヒューマンドラマとかそういう静かめな映画を好んでいて、今日も『マッドマックス』と表題にもある『はじまりのうた』を観たけれどやっぱり印象に強く残ったのは後者だった。
ということで『はじまりのうた』(原題:Begin Again)は昔の功績も鳴りを潜め落ちぶれた音楽プロデューサーのダンと、愛する人に裏切られ失意の底に落ちた女性ミュージシャンのグレタが出会い、アルバムを作ろうとする・・・という何もかもを端折ったストーリー説明だけれども細かいのは他のサイトなどで見てほしい。
この映画で心に残ったのが、アルバムを作成することに対してメンバーを集めていくところと、とあるビルの屋上で演奏の録音をするシーンなのだが、どちらのシーンも「音を楽しむ」メンバー達の姿が描かれていて見てるこっちもノリノリで体でリズムを刻みたくなってしまうほどだった。
Tell Me If You Wanna Go Home (Rooftop Mix)-Keira Knightley (HD)
「お金が無くてスタジオも借りれない、じゃあそれなら街中つかって喧騒もバックグラウンドにしてしまおう」と言って時には路地裏で子どもたちと一緒に、時には地下鉄で警察官に追われながら収録をしていくメンバー達の顔はイキイキとしていてとても爽やか。
ダンも過去に妻に裏切られたことが明らかになって、お互いが似たような境遇であるとわかった2人が「聴けばどんな人間か分かる」音楽のプレイリストを恥ずかしがりながらお互い披露し合ってニューヨークの街へ繰り出すシーンもとても良いシーンだと思った。
でもこの映画が好きになったのは、劇中歌がことごとく自分の好みだったのが一番なのかもしれない(笑)
あとグレタを演じているKeira Knightleyが可愛くて可愛くて・・・
ちょっと元気が湧かない時に観るとすこし元気づけられる映画だった。
旅行記なんて知らない
1個前の記事の京都旅行について①
写真を撮るのが趣味の僕、最近はどこかに出かけることもなくて
写真欲が日に日に増していったのと、秋で紅葉がきれいだろうということで
「そうだ、京都にいこう」ってなりました。
名古屋駅から京都駅まで新幹線こだまでも1時間くらい?でつくのでとっても近い。
京都駅ついて最初びっくりしたのがやっぱりエスカレーターで、右に人が立ってて文化の違いを感じましたね・・・人に倣って自分も右に立ったんですけど違和感ばりばり・・・
昼過ぎに京都について初日ですが、かねてから「京都に行ったらここ!」って思っていた伏見稲荷大社へ。
京都駅からJR奈良線で2駅くらい。平日にいったんですけどまぁすごい観光客の数で、千本鳥居が始まる地点はごった返していましたね。
赤い鳥居がズラーーーーーーーッと並ぶ景色は圧巻で、憧れていた観光地でもあったのですごい感動・・・カメラでパシャパシャしまくってました。
また友達とか誰かと一緒に来たいですね~
伏見稲荷ってもうまるごと山になっていて、上の地図の12番の四ツ辻からは京都市内を一望できるんですけどこれがもう階段登りっぱなしで疲れるは暑くなるわでリタイアする観光客がたくさん。
暇人な僕は気合で山頂までのぼってそのまま一周してきましたが、ほんとに鳥居がずーっと続いてて現世とは隔絶されたどこかにいるのではないかと感じるほど。
時々人とすれ違う以外はずっと1人だったことも相まって、森から聞こえるガサガサッ!って音にビビるオタクやってました。(猿に注意とかいう看板もあったし・・・)
そんなこんなで山一周したらもう18時とかになってたので京都駅に戻り、近くにあったラーメン
味もかなり旨い醤油味で、チャーシューのったり大盛りだったりしても850円で超お得。推せる。また行きたい!
晩御飯食べたあとはそのままホテルへ行って翌日何しようかと考えながら就寝。
続きはまた今度